木材価格の低迷や過疎化によって林業従事者が減少し、手入れされずに放置される「荒れる山林」が増えている。小規模な担い手に着目して、森林再生の道を考える。
輸入材急増で荒廃した日本の森林
日本は国土の約7割が森林である。「緑の列島」とも称され、人々は古来より森をエネルギーや建築資材、生活物資の供給源として利用してきた。日本人なら誰でも知っている民話「桃太郎」が「おじいさんは山に芝刈りに」で始まるように、山の草は農業にとって不可欠だった。農地に草を鋤(すき)込み、田畑の地力が維持されていたのである。森林資源の過剰な利用がかつては日本の森林問題の中心であった。
こうした状況は1960年代から大きく変化した。化学肥料の普及と原油輸入によって草や薪炭の利用が激減し、日本人の日常生活から森が遠のいてしまった。建築資材や製紙用チップといった産業用材も、経済成長と貿易自由化に伴って海外から大量に輸入されるようになった。55年に96%だった日本の木材自給率は、70年に50%を割り込み、2002年には最低の18.8%まで低下した。日本国内で利用する木材の8割以上が輸入されるようになったのである。
日本の森林の約4割は、建築に利用されることを目的に植林された人工林だ。その多くが戦後の1950年代以降に植えられたものである。夏の暑さが厳しく雨が多いアジアモンスーン気候の日本では、人工林の育成には、下草刈りやツル植物の除去、間伐などの施業が不可欠である。しかし、森林資源が利用されなくなるにつれ、施業が実施されない森林が増加。森の中が暗くなり、下層植生が育たず、土壌の流出や生物多様性の低下など森林環境の悪化も指摘されている。つまり、日本では森林資源の過剰利用から過少利用へと問題点が移り、資源の持続的な利用が大きな課題となっているのである。
資源の過少利用は就業人口を激減させ、働き手の高齢化を招いた。林業は若者にとって魅力のない産業となり、「危険、きたない、きつい」の頭文字をとって「3K職場」の代名詞とも言われるようになった。林業の衰退は山村における人口減少の一因ともなり、多くの若者が大都市部へ職を求めて移動していった。
森林所有者も高齢化に伴って自らの森林に立ち入らなくなり、所有権の境界が不明になって私有林が登記されないという事態も各地で見られるようになった。
林業復活の新しい風
ところが最近、林業に新たな二つの風が吹き始めている。一つは、大規模木材加工工場の原料基盤が国産材にシフトし、バイオマス発電所の稼働も相まって木材生産量が増加していることである。海外からの丸太価格上昇や円安、一方で、戦後に植林した国内の人工林が利用時期を迎えていることも国内生産活性化の背景にある。大規模な木材需要が生まれたことで、安定的な木材供給が求められ、それに応えるような施策が展開されるようになった。高性能な林業機械を用いた生産性の向上や、流通合理化といった大規模な生産・流通を促進する政策である。これまで間伐支援が中心だったが、2014年に主伐(木材としての利用を目的とした伐採)が奨励されるようになり、17年には木材自給率が36%まで回復している。
二つ目の風は、都市から山村に移住して林業を始める20~30歳代の若者の増加である。この動きは2000年代になって「田園回帰」という言葉で注目されてきたが、11年の東日本大震災以降さらに強まっている現象である。「東京に住みお金を持っていても、大地震になるとコンビニエンスストアに物がなくなり、生きていく術を持っていないことに気づいた」という若者が多い。農山村への若者の人口環流、その中で「3K職場」と忌み嫌われた林業になぜ、現代の若者が就業しているのであろうか。筆者はこれらの若者たちの姿を追って、日本各地の林業の現場を訪ねてみた。
他の仕事と林業を組み合わせる若者移住者
都会から移住した若者の就業には、いくつかの業種を組み合わせた自営複合で生計を成り立たせている点に特徴がある。林業と組み合わされる職業は、農家やアウトドアスポーツのインストラクター、飲食店経営者、写真家、華道家、木工家、出版業者、ITを用いたサービス業者など多様な自営業である場合が多い。
例えば、カヌーのインストラクターと林業を仕事にする30歳代の女性の場合をみてみよう。夏の休日はインストラクターとして稼げるものの、台風が来襲すると収入が激減する不安定な仕事であるという。林業は大きな収入は見込めないものの、冬期の堅実な収入源となり、両者を組み合わせることで生活全体を安定させることができる。樹木の伐採は時期を融通することができ、客の都合で時期が限定される仕事と合わせやすい。林業は副業として他の自営業とマッチングしやすいのである。チェーンソーと軽トラックで薪(まき)生産から始めることができ、初期投資が少ないことも参入を容易にしている。
また、林業が有する仕事自体に魅力を感じる若者が多かった。間伐後に森に光が差し込む美しさ、先人の営みの上に作業し、未来へのつながりを実感できる充実感、水源の環境を守る使命感など、都会の仕事にはない魅力があるという。薪生産から優良な建築材生産へとレベルを上げていく技術習得の奥深さに面白さを感じる若者もいた。
森林を持たずに参入可能な「自伐型林業」
移住者による自営的な小規模林業は「自伐型林業」と称されるようになり、普及のためのNPO法人が2014年に設立された。法人の名称は、「持続可能な環境共生林業を実現する自伐型林業推進協会」である。独自研修やフォーラムの開催、自治体への助言などを通じて、「自伐型林業」を日本各地に広げる活動を行なっている。
「自伐型林業」とは何か。「自伐林業」との違いが重要である。「自伐林業」とは、かねてより森林を所有する林家が自らの所有森林で木を育て、主に家族労働力で伐採を行う林業である。丹念な作業で世代を超えて森を育てる林業であるが、後継者全てが自家林業を継承するわけではなく、世代交代の難しさに直面している。そうした中、登場している「自伐型林業」は、森林を所有していない都市の若者であっても、家族や仲間と自営の林業ができるところに意味がある。「森林を所有していない者であっても」という点が、「自伐型」のゆえんである。
自伐型林業は、自伐林家がこれまで蓄積してきた技術を継承している。具体的に言うと以下のような特徴がある。
丹念な育林・伐倒
小規模機械による搬出
必要な分を少しずつ切っていくため、運搬用の作業道も小規模で、山への負担が少ない
狭い道幅でも壊れない道作り
少しずつ間伐を行う多間伐
通常の伐採林齢(40〜50年)の2倍以上の伐採林齢で主伐を行う長伐期施業
主伐における小面積皆伐または択伐
こうした「自伐型林業」の施業には、土砂崩壊や土砂流出を抑止する防災的な役割,森林内の植物や生物を保全する役割などがある。政策的に推進されている短伐期の大規模林業に比べて、自伐型林業は森林に与える負荷が少なく、環境保全面で優れていると言えよう。
森林所有者と移住者のマッチングが鍵
「自伐型林業」が広がるか否かは、所有森林のない若者が森林所有者の信頼を得て、施業や経営を任せてもらえるかどうかにかかっている。
森林所有者と移住者の関係性には、さまざまなタイプがある。立木を購入、あるいは一定価格で間伐を受託している場合もあるが、金銭を介さず両者の関係性が構築されている事例も多い。例えば、所有者が気軽に入れる道を作ったり、山菜や薪を所有者に採ってきたりすることで、作業を任せてもらうなどである。地方自治体の中には、域内の所有者と移住者を引き合わせる仕組みを構築する例も見られるようになっている。自治体は「自伐型林業」支援を過疎対策(=地域政策)として位置づけている。
一方、国においても森林所有者から木材が安定的に供給されるための制度的な仕組みも始まろうとしている。2018年5月に制定された森林経営管理法では、森林所有者が適切に管理できない森林は「意欲と能力のある林業経営者」へ経営権を委譲させる制度が導入され、さらに主伐が促進されることとなった。あくまでも林業を成長産業として捉える振興策の位置づけである。
日本は近年、豪雨や地震による自然災害が多発している。災害が多い国で行う林業を誰がどのように担うのか。今は、将来の森林の姿を左右する分岐点である。筆者は、20世紀型の大規模林業ではなく、若者たちによる小規模な「自伐型林業」の広がりに期待している。
バナー写真:伐採した木材を搬出する自伐型林業者たち。2015年、千葉県鴨川市で(自伐型林業推進協会提供)