山枯れ 農作物被害

2011年01月23日

伊豆半島でシカの食害が深刻になっている。ワサビやシイタケの葉や芽が食べられるなどの被害は、年間1億円を超える。県や伊豆市は猟銃による駆除に力を入れるが、ハンターの高齢化もあり、頭数削減は思うように進んでいない。猟友会のメンバーらと一緒に、伊豆市内の山に足を運んだ。(土肥修一)

■被害は1億円超
 西伊豆スカイライン沿いにそびえる伊豆市の古稀(こき)山(標高870メートル)。山中を歩いて目に入るのは、無残に枯れた木々ばかりだ。どの木も皮がめくれて幹がボロボロになり、色が変色している。シカが芽を食べ尽くし、木の皮をはぎ取ったためだ。

 「すっかり枯れ木の山になってしまった」。田方猟友会副会長の鈴木忠治さん(70)がため息をつく。木々の周りに生い茂っていたササも葉が食べられ、枝ばかり。枯れずに残っているのは、幹に毒を持つアセビぐらいだ。

 足元に目をやると、あちこちにシカのフンが落ちていた。新しいものも多く、家畜小屋のようなにおいが漂う。

「伊豆の自然を守る会」の会長として、山の荒廃の様子を観察し続ける鈴木さんによると、シカの被害が目立つようになったのは2004年ごろから。被害は山林だけでなく、農作物にも広がった。

 伊豆市湯ケ島のワサビ農家鈴木和一さん(61)は昨年11月下旬、畑の「惨状」に言葉を失った。丹精込めて育てた2千本のワサビの葉が食べられていた。シカ対策に高さ1メートルほどのトタン板を柵として張り巡らせていたが、あっさりと踏み越えられたらしい。
 ワサビは葉を食べられると生育が3カ月ほど遅れ、十分に太く育たなくなる。踏まれてキズがつけば、値段が6分の1から7分の1の加工品用としてしか売れなくなる。鈴木さんは「シカはスキを見つけてどこにでも入ってくる。手塩にかけて育てたのに水の泡だ」と嘆いた。
 県内の鳥獣による農林産物被害は、05年度に約1億6千万円だったが、09年度は約5億4千万円に急増。シカによる農産物被害は、伊豆市だけで年間約1億円にのぼる。

 ■山林管理と保護 課題
 被害をもたらしているのはシカの急増だ。県によると、県内のシカは推定約2万2千頭(09年度)いるとされ、過去5年間で倍増。県は04年度から駆除を始め、08年度からは年間7千頭の捕獲目標も掲げている。

 しかし、猟友会員らで構成される捕獲隊はほとんどが65~70歳。メンバーは普段は別の仕事を抱えていて、捕獲活動にも限界がある。結局、昨年度の捕獲数は約5千頭、今年度も5500頭程度にとどまる見込みだ。
 県自然保護課の奥山修主査は「今後は資格の取得が容易なワナによる捕獲も増やしていかねばならない」と話す。
 なぜ、シカがこれほどまでに増えたのか。「過剰な保護政策で、雌の捕獲が規制されていた」「温暖化で冬場も活動的になり、繁殖力が高まった」「オオカミなど天敵となる肉食動物がいなくなった」……。様々な理由が挙がっているが、鈴木さんは「ヒトが山の手入れをしなくなったことが大きな原因の一つではないか」と感じている。
 伊豆市の山林では、スギやヒノキなどの針葉樹が材木用に植林されたが、輸入材に押されるにつれて間伐されなくなった。光が届かず、昼間でも夜のように暗い林の中に、シカのエサとなるような下草はほとんど生えない。
 鈴木さんは「食べるものがなくなり、シカはササや木の皮を食べている。保護政策でシカが増えたのも、山林を管理せずに食害が増えたのも、元々はすべて人間が招いた『人災』だ」と訴える。

 県農林技術研究所森林・林業研究センター(浜松市)の大橋正孝・上席研究員は「捕獲数を増やし、適切な頭数とするのはもちろんだ。同時に、山林を管理したり守ったりする人材の育成など、山林そのものの保護対策をしていかねばならない」と話す。
<asahi.com 2011.01.23.>
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